一人ひとりに出る幕がある
運動会の競技種目は基本的に地域のオリジナル。綱引きで活躍するのは力の強いお父さんお母さん。イスに座って待ち伏せているおばぁちゃんにじゃんけんで勝ったら進める関所やぶり。小学生が主役のマラソン。幼児限定の宝ひろい・・・ラストの貯蓄リレーは空のビンに向かって茶碗で水を運ぶのだけど、誰でも何人でも参加できる。老若男女、年代問わず、お年寄りから赤ちゃんまで何かしら“出る”幕があるのがこの運動会の特徴だった。どんな人にでも役割を与えて、その人ならではの得意分野をうまく引き出したり、一人ひとりが誰かの役に立っていると思わせてくれるような仕組みには、物事に取り組む“やりがい”を実感できる仕組みがあった。
一人勝ちしない村の文化。その原点は?
白馬にはいい人が多いという。よそ者である都会の私達が行っても、お弁当を分けてくれたり、飲み物を差し入れてくれたり、温かく親切に接してくれた。田舎にありがちな身内だけの閉じたコミュニケーションではなく、許容範囲を広く持っている。それが白馬の人々にとって自然体でできてしまうところに、この村の特徴があると思う。村全体でも、村八分や差別がないことや、仕事ができなくても会社でクビになるほどの人がいないという風に、人を退ける排他的な要素は歓迎されない。恐らく理由は、村全体で農業をワークシェアリングしていることに起因しているんじゃないか。一人勝ちはしない。金、地位、名誉だけ求めているような人が必ずしも素晴らしいという評価は受けない。つまり、それがステイタスじゃないということ。そんなことより、みんなのために毎日をいかに一生懸命生きるかに価値がある。例えば、畑をきれいに耕していたり、自分の家で育てる作物を決めて足りないものは周りの人々と交換したり、場を盛り上げようとするのに一生懸命になること。時には綱引きで、稲作で鍛えた百姓の腕がヒーローになったりする。また、この地域が一人勝ちしない文化になったのは、スキーブームの際に観光客があふれかえり、民宿同士が競合として戦わずに共存できたことも理由の一つであるだろう。この環境なら人々の愛情も伝わりやすく、子供も育てやすい。実際、子供が多くてかわいかった。一人ひとりにちゃんと目が届いて、地域で見守る子育てもいいなぁと思った。

