不確実性の中の美

Filed under 白馬の素材

hakubaminshuku

一瞬の不確実性
一本一本のふるまいは変わらないのに、全体を眺めれば躍動的に変化する生き物のような山。その変化は偶然ではないのだけれど、毎回表れる表情は、誰にも予測できない。時を経て、予測できない白馬村の山を見続けたとき、現象化された表情の中に本質や原理を見出せるようになる。それが、不確実性の中の美。私たち自身も、本来は不確実性の中で生まれたもの。時に応じて最適な選択肢を選んでいった結果、今の姿になった。身近にある現象も実はほとんど、不確実性の中で存在している。私達が送っていた生活は本来、そういうものだった。

でも、不確実なものは、不安定で、脅威的だから正面から向き合えない。だから人は自分を守ろうとして、確実なもので埋めようとして、身の周りを大量の物質で固め、建物で固め、制限で固めてきた。つまり、なるべく自然と関わらないようにすることで、今のような隔離された都市空間ができた。確実なもので固められた都市というのは、計画的に作られたために常に規則や時間、場所に縛られて存在している。つまり、都会の社会を形成している構造が分析できる世界。一人ひとり、一つ一つのモノの不確実性は影響しないために、常に同じ形で完結している。そこに人はいつか、飽きやつまらなさを感じるようになる。なぜなら、自分自身も不確実性の中で生まれたわけだから、どうしても本質的な真善美を求めてしまう。その本質的な美は、完成された都市空間には存在しない。

新陳代謝しない都市の生活に物足りなくなったとき、不確実性のあふれる白馬村に来て欲しい。そこには自分の中にある本質と白馬村にある“何か”がつながる瞬間がある。予測できない展開も待っている。不確実性の中で本質や原理を見出せるようになったとき、本当の美を見つけられるかもしれない。

関連する投稿



Post a Comment

Your email is never published nor shared. Required fields are marked *

*
*