1月27日、私たちは白馬村観光局の庵さん、柏原さんと共に栃木県益子町に再訪した。訪問の目的は、新民宿の食事である「白馬御前」の器に見合ったものを、益子で得られるかを調査するため。
白馬村新民宿は、「白馬村の生活文化を感じられる民宿」である。コラムを読まれている方の中には、「それでは何で益子で器を探してるんだ?白馬村の生活文化にこだわるならば、白馬村で作られた食器を使うべきだろう。」と疑問を持たれる方もいるかもしれない。それには三つの理由がある。
一つ目の理由は、白馬は陶器の産地としては盛んではなかったこと。雄大な自然を誇る白馬も、陶器の産地としては適した土地ではなかったのだと思う。二つ目の理由は、これが「とにかく益子に行ってみよう」という要因になったのだが、元々白馬の多くの民宿は食器を買い付けに益子を訪れていたそうだ。地元の調理会のおばちゃんたちに昔の民宿の話を聞いているとき、「よく食器を買いに益子まで行った」と話を何人もの方に伺った。生活雑器として知られる益子の器は、丈夫で安いということが良く知られていたそう。おそらく地元に良質な陶器がなかったから、益子に買いに行ったのだと思う。
二つの理由から「とりあえず益子に行ってみよう」ということになったが、決して益子の器であれば何でもいいわけではない。むしろ、歴史的・文化的に白馬とつながりがあったというだけで食器を決めてしまうのは良くないとも思っている。それ以上に新民宿が器に求めるもの。それは、「白馬の想いとつなげられる器」であるということだ。
「用の美と新民宿」の中で書いたが、白馬村新民宿には「白馬の生活文化を感じられる民宿」を求めている理由がある。それは、「おばあさん世代が元気なうちに白馬の土地性を次世代に継承する基盤をつくる必要がある」から。このまましばらくすると「白馬の土地性」は衰退していく一方だと感じている。
高度経済成長は大量のヒトとカネを白馬にもたらしたが、それらと引き換えに白馬の文化と伝統を合理性によって飲み込んでしまった。私たちの言葉でいえば、ミルフィーユビレッジはバーコードシティの最善を押しつけられてしまった。(「この景色が、野菜を育てました。」)カネが溢れていた時代には気づかなかったが、今になって気づくこと。それは、「ミルフィーユビレッジにおける最善は、決してバーコードシティの最善と同じものではない」ということ。ミルフィーユビレッジには、バーコードシティには存在しない魅力がたくさんあった。質素だけれど豊かな食事。厳しい自然との共存の中にも幸せを見いだせる生活観。お金がなくても生きていける豊かな気候・風土。この恵まれた環境は当たり前のように存在しており、白馬はその中で生活文化を形成していった。しかし、高度経済成長期を境にそうしたものよりも人工的で豪華なものが求められるようになった。そしてまた時代が変わり、今はまた多くの人が、ミルフィーユビレッジを本来の姿に戻したいと思っているが、しかし姿は、もはや風前の灯のように儚いものとなっている。白馬の生活文化を知る人は年々少なくなっている。例えその生活を聞きはしても、実際に生活の中に表現できる場はほとんど見当たらない。いつしかそれも物語として残るだけになり、生活の場から消えてしまうのではないか。それから思い出したように「白馬の生活文化を表現しよう」と言ったとしても、それは単なる模倣と復刻に終わる。似て非なるものであり、まったく同じ空気感は出せないだろう。そもそも本来の白馬の空気感を誰も知らないのだから。
人は気候と風土によって作られる。人が作る文化も同じである。また、文化が継承されるには、その地域の気候・風土を受けて育った人が、先人が積み重ねてきたコト・モノを見て、聞いて、感じないといけない。そのためにも、生活文化が失われていない今だからこそ、それが実際の生活の中で継承される場を作る必要がある。そしてその場所こそまさしく「本来の白馬」を表す場所となり、時代を超えても「白馬の土地性」が表れている場となる。それが白馬村新民宿の求める姿である。付けたして言えば、今の時代の多くの観光客が求めている場でもあるだろう。
そうした理由から食器を選ぶ場合、もちろん美しさを持ち合わせている上で、「本質的な想い」を抱いている器でなければならない。その想いとは「土地を想う心」であろう。益子焼で言うならば、「益子焼とは何か」という問いと真剣に向き合っている人の器であるということだ。
世間では有名な産地として知られ、二人の国宝の名前がシンボルとなる益子焼。しかし、本来の益子焼とは何か。誰かが作り上げ、メディアが有名にした「益子焼」が始まりであり、ゴールであるわけはもちろんないのだ。その疑問に向き合い、先人の想いと向き合いながらそれを真摯に引き受け、次の世代に伝えていこうとする人がいるならば、白馬村新民宿はその人の器を求めたい。その人の器ならば、白馬と益子の「想い」をつなげる。その想いのつながりは今後のそれぞれの土地の意味を深く掘り下げていくことになり、ここに地域を超えた想いのつながりができる。このつながりこそ、ミルフィーユビレッジでしか作れないつながりであり、地域の本質的な魅力を伸ばしていくことだろう。
そんな視点を持って益子を訪ねた。美しい器を何点も見つけた。この器が想いをつなげるものかどうかはわからないが、とりあえず手に入れた器を調理会のおばちゃんたちや民宿オーナーとの話し合いの場に持ち寄ることにしている。これがどのような結果に落ち着くかわからないが、白馬の地で民宿や生活文化を想う心が、多くの地域とのつながりを作ることになったら、それはとても素晴らしく、美しい。そのつながりで結ばれているものが本質的に同じだということは、皆知っているのだ。

